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2011年3月13日 (日)

東北関東大震災を東京で被災し感じたこと(2011/ 3/ 11-12)

2011年3月11日,東京で被災しました.

揺れを感じたとき縦揺れで直感的に大きいと思いましたがまさかこのような大惨事になろうとは思いませんでした.

ビルの高いところにいたため揺れもひどく何かに掴まっていないと立っているのが困難でした.

机の上の書類が散乱し,一部書棚が倒れましたが,幸い怪我人もなく,何とか地上まで階段で下りることが出来ました.

地震直後からJR,私鉄,地下鉄は全面ストップ.

交通機関が復旧するかもしれないので,職場の同僚と喫茶店で様子を見つつ念のため早い夕食を摂りました.お店も今日は18:30で閉店となりましたが,この段階で交通機関の復旧の目処が立っていなかったことから帰宅をあきらめホテルを探しましたが既に何処も満杯.とりあえず家に電話し自分の無事と帰宅を明日にする旨を伝えました.

帝国ホテルが開放されていたので,近所のコンビニで購入したペットボトルのお茶と飴を持って,身を寄せさせて頂くことにしました.

フロントロビーや地下のショッピング街,2階のロビーなどが開放されていました.比較的空いていて暖かいと思われる2階の通路に場所を確保.

ホテルは,我々被災者(帰宅難民)に場所を開放して頂いただけでなく,終夜TVを流すほか交通機関の復旧状況を逐次知らせて頂き,夜食に水やパン(何れも災害備蓄用の保存食)まで無料で提供して頂いただきました.ホテル・スタッフの皆様も色々と気を遣って頂き我々の質問等にも丁寧かつ真摯に徹夜でご対応頂きました.本業とは異なるもののプロとしての誇りと仕事を垣間見た気がしました.

また,被災者の皆さんも,騒然としていましたが,心配そうにTVを見たりスタッフの皆さんに状況を聞いたりしていました.特段のいざこざもなく,夜食の配給も整然と進み,各自通路や椅子で休まれるなど混乱もなく落ち着いた様子でした.

こちらが恵んで頂いた水とパンです.今回の感謝を忘れないよう保存したいと思います.

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落ち着いたところでロビーのTVを見ました.震度8.8という想像以上の震度のもと,次第に明らかになる津波や火災の深刻な様子に驚きました.

23時過ぎには家の一駅前までの電車は復帰し終夜運転することが判りましたが,帰宅希望者の混雑や夜道を一時間歩くのも大変と通路で仮眠し,早朝まで様子を見ることにしました.

明け方に目が覚め再度TVとホテルがホワイトボードにまとめて頂いた交通情報を確認.自宅前の1区間が依然として不通でしたが,その頃には夜が明けていて歩くのも楽なこと,この時間なら利用者が少なく結果として少しでも電車利用者の集中を避けることに貢献できると思ったことから,帰宅することにしました.

感謝の意を込めてホテルに軽く一礼しホテルを出ました.一々お礼を言うことが出来ませんでしたが,お世話になったホテルスタッフの皆様,本当にありがとうございました.

同様にこれから帰宅するのか,まばらとはいえ人出もちらほら認められました.車道が車で混んでいるのが意外でした.

乗り込んだ電車は時間にして運んでいました.次第に明るくなる中,車窓の風景を見ますが,幸い被害は認められるホッとしました.

家の一駅手前の駅までは問題もなく到着しましたが,最後の人区間の路線の開通は7時過ぎの予定とありました.時間もあるし予定通り運転するか不明ですので歩いて帰宅することにしました.

駅で大変驚いたのは,キヨスクではおばさんが平常通りに黙々と店を開けようとする姿が,駅に隣接するスーパーの搬入口では黙々と荷物を搬入する人々が,そして通勤しようとする人々が続々と駅に集まってくる姿を見たことです.冷静かつ自分の仕事を黙々とこなそうとする人々を見て尊敬の念が沸きました.

道を検討し万が一を考え線路沿いに近いルートを選択しましたが,余震もなく被災し通行できないようなことも全くありませんでした.

途中の高台で見た,雪で真っ白に覆われた富士山の美しい姿がとても印象的でした.

12日朝8時前にようやく帰宅.

遅れること1時間弱で最後の一人が帰宅し家族がそろい皆の無事を喜びました.

帰宅して家族に見せてもらった翌日3月12日の朝刊.一面から地震関連記事で満たされ,TV欄のNHKが終日ニュースと安否放送になっていたのが印象的でした.

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交通機関が麻痺し近づくことも出来ず,私のような人間には今すぐお役に立つことが出来ず誠に申し訳ありません.まずは被災地の皆様が一人でも無事でありますように心からお祈りさせて頂きます.

また,救助や復旧に当たる,地元役場,警察,自衛隊,消防士,医師・看護師,ガス・水道・鉄道・道路関係者,その他の皆さん.中には自分や家族が被災された方も多くいらっしゃると思いますが,その献身的なご活躍に敬意を表しエールを遅らせて頂きます.

全くの偶然ですが11日に小松左京の「復活の日 (ハルキ文庫)」を読み始め帝国ホテル内で読了しました.「復活の日」は生物兵器の漏洩により南極以外の人類が絶滅してしまいますが,南極に生き残った人々は、互いに励まし合い支え合いながら前向きに暮らし,最後には南極を脱出し人類の復活に向けゼロから一歩を踏み出すことで終わっています.

今回の震災空の復興は並大抵のことではないと思います.まだまだ余震もつづきますが,我々日本人も互いに協力し合い前向きに復興してゆかなければならないと思います.

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【2011年3月13日夜:付記】

肝心なことを書き忘れました.今回の東京での経験を通じ思ったのは日本人のすばらしさです.物静かさ,落ち着いた行動,思いやり,仕事に対する責任感などなど.戦国時代や明治の初めに日本を訪れた西洋人が感心し驚愕した日本人の心は生きているのかもしれません.日本はまだまだ捨てたものではないと思います.

 

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